弁理士は士業の中でも、目指す人の年齢は比較的高めです。
実際に40代、50代以上の弁理士試験志願者も相当数います。
「自分も挑戦してみようか」と思う人もいるでしょう。
他方で、特に未経験者の安易な受験に警鐘を鳴らす声も少なくありません。
「こんなはずではなかった」という事態が多いからです。
そこでこの記事では、40代、50代以上の方を念頭に、そうした方々が弁理士を目指すことについて解説していきます。
特に知財未経験の方は参考にしてみてください。
主な経歴:
早稲田大学理工学部中退、慶應義塾大学経済学部卒
特許事務所→公認会計士・監査法人→特許業界復帰→弁理士→独立(特許事務所・会計事務所経営)
特許事務所を営む父親の長男に生まれる。
その関係もあって学生の頃から特許業務に従事。
ところがある日、急にビジネスの広い世界を知りたくなり、会計士業界に飛び込む。
父親の健康事情及び自身の適性を考慮して特許業界に復帰、その後、事務所を承継。
弁理士試験の40代、50代以上の受験状況
具体的なデータで確認する
まず40代、50代以上の受験状況を実際のデータで確認します。
注:合格率は(実際の受験者数ではなく)志願者数を分母にして筆者が独自に算定しています。
年代別内訳 | 志願者数 | 最終合格者数 | 合格率 |
---|---|---|---|
40代 | 847 | 25 | 3.0% |
50代 | 615 | 14 | 2.3% |
60代 | 272 | 0 | 0.0% |
70代以上 | 77 | 1 | 1.3% |
志願者全体 | 3,417 | 188 | 5.5% |
志願者の平均年齢は42.0歳、最終合格者のそれは34.3歳です。
年齢別の志願者の割合は、それぞれ40代が25%、50代が18%、60代以上が10%です。
また、同様に合格者の割合は、40代が13%、50代が7%、60代以上は1%を切っています。
40代、50代以上の受験生も相当数いる一方、合格者数は特に50代以上になると大きく減少しています。
弁理士試験の大変さとは
年齢が高くなるにつれて、合格が難しくなる理由としては次のことが挙げられます。
- 短答を中心に暗記すべき量が膨大である
- 論文では答案作成練習を相当積まなくてはならない
- 実務と受験勉強は別物
今日では合格のためのメソッドは確立していますし、受験勉強のためのスクールや教材も大変充実しています。
ただし、年齢がいくにつれて(上記の通り)合格は厳しくなっていきます。
例えば、まず短答試験に向けての暗記が辛いものになってくるでしょう。
細かな知識がなかなか頭に入らず、しかも覚えたと思っても直ぐに忘れてしまうのです。
やはり受験勉強は、単なるリサーチや研究とは異なります。
また論文試験では、定義や答案作成で必要な文言等を覚える必要があるため、これまた少なからぬ正確な暗記が欠かせません(口述試験も同様)。
更に大変なのが答案作成などのアウトプット(演習)。
一発勝負の受験勉強なので、むしろインプット(知識の習得)以上にこのアウトプットの負担が重くなってきます。
実際、新しい知識に触れたときは新鮮で面白さを感じたのに、アウトプットになると試験のハードルの高さはもちろん、理解や知識定着の甘さを痛感させられるものです。
そんな厳しい弁理士試験ですが、さらに厄介なのが、実務と試験勉強が別物であること。
特に特許業界では資格よりも実務能力が重視されます。
そこで多くの受験生が実務をしながら受験するのですが、その実務ができたからといって、それが試験に役立つとは限りません。
長く受験勉強をしてきたものの結局合格できず、無資格の実務家として(特許技術者と呼ばれている)活躍している人が多くいるぐらいです。
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弁理士業界での40代、50代以上の転職事情
業界経験者について
上で述べたように、弁理士業界は資格よりも実務経験です。
言い換えれば、弁理士試験の勉強や弁理士資格が実務に直結しないのです。
また、その実務をこなせるようになるには、通常2~3年はかかるとみてよいでしょう。
そのため、全くの未経験者は、特許事務所への転職については30代前半まで、などと言われています。
採用側からすると、ポテンシャルが期待できるのは通常そのくらいまでなのです。
では、40代、50代以上はどうなるのか、と言いますと、
実務能力もしくは十分な知財キャリアは完成しているということが前提となってきます。
そこで具体的に求められるのこととは
例えば、
- 明細書(仕事の成果物)作成について指導できるほどのレベルにまで達している
- 企業知財部で部長等の管理職をしている
- 特許庁で審判官を経験している
1番目は、実務が完璧なのはもちろん、若手(後進)の育成、指導ができるレベルまで求められるということです。
2番目の知財部長等の管理職経験者は、狭い意味での実務能力というより、クライアント獲得のためのパイプや人脈を期待してのことと言えるでしょう。
こちらはある意味で、明細書作成のベテラン以上に歓迎されるはずです。
最後は役所OBの影響力。
今日では微妙ですが、審判官クラスまでくると、やはり特許庁の審査の関係上、重宝されるようです。
役所の上級職OBの影響力はまだまだ健在というところでしょうか。
審査官は有利とのコメントを見かけますが、今日では難しいというのが筆者の正直な印象です。
なお、40代以上の弁理士受験者の多くが、特許事務所もしくは企業の知財部に所属しているものと思われます。
これらの方がキャリアを補完するために弁理士を目指すことは、大いに意味があるといえます。
大手メーカーの管理職が特許事務所へ再就職していった話<コラム>:
筆者の父が事務所をやっていた頃のことですが、クライアント(大手メーカー)から「今度、うちの特許部長(当時60歳)をお宅で雇ってほしい」という申し出を幾度となく受けていました。
政治的・商人的振る舞いを嫌う父は、そうした申し出を全て一蹴してしまいましたが、結局、そのクライアントは手放すことに。
他方で、これを受け入れた某事務所(父の後輩が運営している)は急成長、今では業界の一角を占めています。
未経験者について
知財業務に全く携わったことのない、いわゆる未経験者はどうでしょうか。
繰り返しになりますが、弁理士業界では資格よりも実務が優先です。
そこでまず企業知財部ですが、一般的には即戦力、つまり経験者を求めてきますので、40代、50代以上の知財部への転職は難しいと言えるでしょう。
次に考えられるのが、所員10人以下の小規模(個人)事務所への転職。
ただし、こちらも知財部同様、未経験の場合は厳しい制限や条件が付いて回ります。例えば
- 年齢については弾力的にみても、40代がリミット
- 研究・開発などで相当の実績があること
- あるいは英語や中国語が堪能であること
- 年収の大幅ダウンは覚悟する(未経験者は年収300~400万円からスタートです)
など。
特に、年収ダウンについては40代、50代以上としては厳しいものがあるため、
未知の分野に転身するよりも、定年まで今の会社に勤続する方が現実的かもしれません。
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40代、50代以上の未経験者はどうしたらよいのか
独立開業について
転職が難しいのなら、独立すればよいではないか
こう考える人もいると思います。
ですが、弁理士業務は明細書作成はもちろん、特許庁手続もかなり複雑です。
弁理士試験合格だけで独立することはかなり厳しいといえます。
手続ミスなどにより、顧客とのトラブル(最悪、損害賠償)に発展することもあり得ます。
ただし、道が全くないわけではありません。
例えば、顧客(仕事)の開拓とマネージメントに自信のある方。
あまりいないと思いますが、これらが卓越していれば、実は自分の事務所を軌道に乗せることができます。
実務をこなせる人はいくらでもいるので、これらの人を雇えばよいのです。
登録調査機関への転職という選択肢
登録調査機関とは、特許庁からの外注を受けて先行技術文献の調査、解析を行っている機関です。
転職のハードルが非常に低いうえ、特許業務の一環を担うことができます。
年齢制限のないところが多く、しかも知財の実務経験は問われません。
40代、50代以上の未経験者にとって、転職先としては最後の砦と言えるでしょう。
本格的な弁理士業務にどこまでつながるかは不透明ですが、
収入が得られるとともに、弁理士業務の核である明細書にも触れる機会があります。
ただし、理系に関連する経歴等が求められるうえ、仕事の内容は限定的です。
高収入や転職が弁理士のすべてか?(参考)
弁理士の世界では基本的に知財業界でのキャリアが転職の前提になってきます。
また、独立しない限り、弁理士資格は必ずしも必要ではありません。
他方で、データを見ればわかりますが、60代以上でも、毎年300人以上が弁理士を受験しています(率にして約1割)。
これらの方々は、各人の考え方や人生観に基づき真摯に取り組まれているものと推察します。
中には、良し悪しは別として、資格取得自体が人生の目標である人もいるでしょう。
そこで、必ずしも
- 収入にとらわれない
- 転職にとらわれない
としたら、いかがでしょうか。
この場合は、
(試験に合格したら次は)知財についての調査・研究を独自に行っていくことなどが考えられます。
例えば、ネットを通じて法令改正について情報発信したり、知財にまつわる出来事を解説したりできるでしょう(ここで弁理士資格があれば、発信する情報への信頼度が格段に高まります)。
また弁理士試験に関連して受験ノウハウ等を教えることもできます。
つまり、
経済的な安定性が確保されており、かつ就業の厳しさを十分認識されているのであれば、年齢にかかわらず弁理士の勉強自体は必ずしも無意味にならない、とも言えます。
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まとめ
40代、50代以上の人が弁理士を目指すことについて解説してきました。
まとめますと次の通りです。
- 弁理士試験は50代以上になると合格が難しくなる
- 業界未経験者の転職はかなり厳しい
- 理系のバックグラウンドがあれば登録調査機関への転職も可能
- 弁理士の勉強それ自体は否定されるものではない
大切なのは、事前に弁理士業界に関する現状を十分に認識しておくことです。
そのうえで、弁理士を目指すのかどうか判断していくとよいでしょう。
参考にしていただけたらと思います。